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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1921号 判決 1996年1月30日

控訴人

下重正子

右訴訟代理人弁護士

金丸精孝

被控訴人

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

三好徹

吉田哲

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一九八〇万円及びうち金一八〇〇万円に対する平成六年六月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、これを五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金三〇七〇万一九七六円及び内金二九九三万一四二八円に対する平成六年六月七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄の記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二頁九行目の「原告が」及び同一〇行目の「原告に」を、いずれも削り、原判決別紙証券目録ソ欄の「ミツイブッサン3WD」を「ミツイブッサン3WR」に改める。)。

第三  当裁判所の判断

一  損失保証の約束

1  前記当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一ないし二五、乙一、証人木野、控訴人本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する甲八、乙一の記載部分、証人木野及び控訴人本人の供述部分は、採用することができない。

(一) 控訴人は、昭和四八年八月以降、住所地で医院を開業しているが、昭和五九年頃から被控訴人の大森支店で中国ファンド、公社債投信の取引を開始し、昭和六二年頃からは同支店で株式等の取引もするようになった。

(二) 木野一弘(以下、「木野」という。)は、平成元年七月、控訴人の患者である伊藤尹久から控訴人の紹介を受け、控訴人に対し、電話で鹿島建設ワラントの購入を勧めたが、控訴人は、「ワラントはハイリスクと聞いているので、怖いから駄目です」と言って、一旦は、ワラント購入の勧誘を断った。しかし、木野は、その後、再三にわたり、電話で控訴人に対し、「必ず儲かる」、「一〇〇万円くらいの儲けは保証する」と言ってこのワラントの購入を勧めた。保証の説明に納得した控訴人は、同月二四日長男正成名義で鹿島建設ワラントを購入し(代金二八三万六一八七円)、同年一〇月三一日この鹿島建設ワラントを売却し、約一〇〇万円の利益を得た。

この鹿島建設ワラントは、被控訴人において利益発生が確実なものと見込んでいたため、ワラント購入に躊躇している顧客に勧める商品として、被控訴人が木野ら従業員に推奨していた。

(三) 控訴人が同年八月一日に日野ワラントを購入する際にも、木野は、控訴人に対し、「必ず儲かる」、「利益を保証する」と言って、同ワラントの購入を勧誘した。控訴人は、それに対して、「とにかく、ワラントはハイリスクなので、鹿島建設の購入で止める」と断っていたが、木野が「値動きについて報告し、売却のタイミングを指示する」、「保証を約束する」と繰り返したので、控訴人も、日野ワラントの購入に踏み切った。控訴人が、同年九月二五日の日野ワラントの売却により、五万四四三五円の損失を被ったところ、控訴人は、同年一〇月四日、日野ワラントの取引による損失の保証として五万五〇〇〇円の送金を受けた。この送金により、控訴人は、保証の約束が嘘でなかったと分かり、木野の保証を信用するようになった。この送金は、木野が自分で負担したものであったが、その旨は控訴人には告げられていなかった。

控訴人が同年九月一日に日産ワラントを購入する際にも、木野は、同様な勧誘をした。控訴人は、木野の指示に従い、同一一月四日に日産ワラントを売却したが、それによる損失は出なかった。

(四) その後も、木野は、ワラントがハイリスクで怖いと尻込みする控訴人に対し、「すごく良い商品だ」、「必ず証券会社が努力して儲けさせるようにする」、「元本を保証する」、「値動きについては必ず連絡する」と説得を続け、ワラントの購入を勧めた。

控訴人は、木野の元本保証の約束を信用して、証券目録記載のとおり、ア、イ、ウ、エの各ワラントを購入した。

(五) その間、控訴人は、木野から「今まで特別に良い商品を分けてあげたのだから、ノルマの投信を購入して欲しい」と頼まれ、同年一一月二八日に新成長ファンド89―11を一〇〇万円、同年一二月一三日にステップを一〇〇万円購入し、その後売却したが、控訴人は、この取引でも損失を受けた。

また、控訴人は、「儲けさせる。元本を保証する」との木野の説得を了解し、同年一〇月頃、外国投資信託である「P&G」を購入し、木野の指示に従い、平成二年一月九日に売却したが、この取引により、控訴人は、約五万六〇〇〇円の損失を被った。

さらに、控訴人が平成二年五月二二日に木野の推挙により購入したウェイスト株も、平成四年三月四日に売却したが、控訴人は、この取引により約一八万円の損失を被った。

なお、このステップ及びP&Gの取引による損失合計約四四万円については、控訴人は、平成三年一二月頃までに補填を受けた。また、ウエイストの取引による損失約一八万円については、控訴人は、平成四年春頃までに補填を受けた。この補填については、前者の支払は、木野が持参し、後者の支払は振込の方法によったものの、実質は木野が負担したものであった。しかし、その旨は、控訴人には告げられなかった。

(六) 平成二年に入り、日本の株価が下降気味となると、木野は、控訴人に対して、今まで購入させたワラントの値動きについては殆ど報告しなくなり、外国株の購入を強く勧めるようになった。そして、木野は、「儲かることを保証する」、「値動きについては必ず見ていて、売り時を指示する」、「任せてくれ」と言って、ドイツバンク株や、コメルツバンク株の購入を勧めた。そこで、控訴人は、木野の元本保証を信用して、両株を購入し、同人の指示に従い売却した。

この間、控訴人は、三銘柄の新株の購入の斡旋を受け、購入した。

(七) 平成二年一月一五日頃、木野は、控訴人に対し、「サンウェーブの公募株二〇〇〇株を付けるので、ノルマのステップを五〇〇万円購入して欲しい、ステップは良い商品で年七パーセントの利益を保証する」旨述べて購入を依頼した。控訴人は、値上確実で、しかも公募株二〇〇〇株を付けてくれることを信頼して二五〇万円の購入をすることとした。控訴人は、その頃、被控訴人の大森支店からもサンウェーブの公募株一〇〇〇株の購入の斡旋を受け、その購入を決めていたところ、同月一八日頃、被控訴人の新宿支店の木野の上司から、「サンウェーブ株は、一名につき一〇〇〇株に制限されている」、「大森支店で一〇〇〇株購入されるので、新宿支店の購入を遠慮されたい」旨告げられた。控訴人は、同人に対し、「サンウェーブの公募株二〇〇〇株を購入できることがステップの購入の条件であるから、その購入ができないのであれば、ステップ購入を取り消す」旨を告げたところ、同人は、控訴人に対し、他人名義での購入を示唆したため、控訴人は、他人の名義を借りて、右二〇〇〇株を購入した。

(八) この間、木野は、しきりに外国株の購入を勧めるものの、価格が下落していた購入済みのワラントについては、「必ず値上になる自信がある」旨の説明をしたので、控訴人は、不安な気持ちを持ったものの、保証もされていることもあって楽観していた。

その後、控訴人は、同年二月五日、木野から、「必ず儲かる」、「元金は保証する」、「父親にも、親戚にも購入させた」等と勧められたため、オの銘柄を購入した。

(九) 同年三月、控訴人は、木野から、ユニデン21の新株と、日立物流の新株の購入斡旋を受けた後、木野から「元本の保証を約束することを書くので、信じて任せて欲しい」と告げられ、保証約束が確実なものと信じて、木野の勧めに従い、カ〜チの銘柄を購入した。なお、木野は、スの銘柄購入の際に、控訴人に対し、元本と年一割の利益を保証し、その旨の文書を作成し、控訴人に交付した。この保証されたステップの利益については、控訴人は、平成三年一二月頃、木野から二五万円の支払を受けた。購入に際して控訴人に手渡されていたスの銘柄についての保証書は、控訴人が右利益の支払を受けた際に、誤って木野にその書面を渡してしまったため、現存しない。

木野が作成した損失を保証する旨の文書は、購入当日作成されたものもあるが、大部分は、購入後に作成された。これは、購入勧誘及び購入指示が電話で行われることが多く、木野が控訴人宅を訪問した際に文書化されたからであり、全部の購入について文書化がされていないのは、控訴人が、口頭による約束を信用し、一部について文書化していれば足りると判断していたことによる。

なお、木野は、本件各銘柄以外のワラント取引でも、損失保証の書面を作成し、控訴人に提出していたが、これらの取引では、控訴人は、利益を受けた。

(一〇) 同年六月以降になると、木野からの電話は余り来なくなり、購入したワラントや、ファンド等についての値動きについての報告も少なくなり、控訴人から電話して、価格を教えて貰う状況となった。

木野は、平成三年二月頃、被控訴人の国立支店開設準備担当に勤務替えとなり、同年四月頃に木野の後任となった斎藤一郎(以下、「斎藤」という。)からも、木野からも値動きについて報告が殆どないまま推移していたところ、控訴人は、同年一〇月初旬頃、被控訴人からワラント価格の情報が来て、初めてワラントが殆ど無価値となっていることを知った。

控訴人は、驚いて、斎藤及び木野に連絡し、処理についての問合せをしたが、十分な応対がなかったので、同年一一月一四日に両名を自宅に呼んで、木野の保証の約束の処理をどうするかを確認することとした。木野は、斎藤の面前で、保証約束をしたことを認め、「ご迷惑をかけているが、追々処理していく積もりです」と答えた。また、斎藤は、その席上で初めて、各銘柄の値動き表を控訴人に見せた。

その後、控訴人は、斎藤に対して、その後の値動きについて、報告を求めたが資料の提出をしてくれなかったため、控訴人は、平成四年六月に、控訴人代理人に相談し、同年一一月に本訴を提起するに至った。

(一一) 控訴人は、ワラントについては、権利行使期限があり、その期限を経過すると権利行使をすることができなくなり、ワラントが無価値になることは認識していた。

(一二) なお、控訴人は、被控訴人の大森支店でもワラント取引を行い、約二五五〇万円の損失を被ったが、うち一九〇〇万円については損失補填を受けた。

2  右認定事実によれば、控訴人の本件各銘柄の購入については、木野が控訴人に対して損失保証(スの銘柄についてはその他に年一割の利益保証)を約束したことが認められる。

また、右認定の経緯からは、木野において損失保証をしていなければ、控訴人が本件各銘柄の取引をしていないことも推認することができる。

二  損失保証等の約束の効力

1  平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法は、証券会社又はその役員若しくは使用人が顧客に対して有価証券の売買等の取引について損失保証を約した勧誘をすることを禁止し(五〇条一項三号、四号)、これに違反した場合には、証券会社の免許の取消しや、業務停止(三五条一項二号)、証券外務員の免許取消しや、業務停止(六四条の三第一項二号)等の行政処分が行われる旨を定めていたが、その違反行為に対する罰則の規定や、顧客に損失が生じた後にその損失を補填する行為を禁止する旨の規定は存在しなかった(なお、平成元年一二月二六日の大蔵省証券局長通達では、事後的な損失補填等も禁止していた。)これは、損失保証を約しての勧誘が証券会社の経営を不健全にする虞れがあるだけでなく、この損失保証をめぐって顧客との間に紛争を招く虞れがあるためと考えられる。

これに対し、平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法(平成四年一月一日施行)は、証券会社に対し、有価証券の売買等の取引について、①損失の発生前に顧客等に対して損失保証や、利回り保証の約束をすること、②損益の発生後に顧客等に対して損失保証や、利益追加等の約束をすること、③損益発生後に顧客等に対し損失補填や、利益追加をすることを禁止し(五〇条の二(平成四年法律第七三号による改正後は五〇条の三)第一項一ないし三号)、同様に、証券会社の顧客に対しても、損失保証等の約束や、損失補填を受けることを禁止し(五〇条の二(平成四年法律第七三号による改正後は五〇条の三)第二項一ないし三号)、かつ、これらに違反した場合には、証券会社又はその代表者、使用人その他の従業員、顧客等に懲役刑を含む重い刑罰を科する旨定めるに至った(一九九条一号の五(平成四年法律第七三号による改正後は一号の六)、二〇〇条三号の三)。

右のように、改正証券取引法が損失保証、利益保証、損失補填等について網羅的に、かつ、明瞭に禁止し、しかも、その禁止は、これに違反した証券会社や、その従業員だけでなく、これを要求して実現した顧客にも重い刑罰をもって臨むという厳格なものであることからすれば、同法施行後になされた損失保証、損失補填等は、健全な証券取引秩序を損う反社会的行為であり、そのような約束が仮になされたとしても、その約束は、公序良俗に反し、民法九〇条により無効と言うべきである。

2  ところで、木野が行った本件の損失保証及び利益保証の約束は、改正証券取引法の施行前の行為であるから、その当時の証券取引法の解釈に従ってその効力を検討すべきことは当然である。

前記したように、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条によれば、損失保証は禁止されていて、これに違反した場合には行政処分の対象となるものとされていたものの、その違反については罰則の定めはなかった。そして、損失保証が無効となると、利益を受けるのは損失保証をした証券会社であって、顧客がかえって不利益を被る虞れがあったため、私法上は有効と解する説が有力であった。

したがって、改正証券取引法の施行前においては、損失保証の約束や、利益保証の約束を無効とするまでの公序は形成されていなかったものと解するのが相当である。改正証券取引法の施行前には、損失保証や、損失補填の行為が行われていたことは、公知の事実であるが、これは、無効とするまでの公序が形成されていなかったことによるものと考えられる。

しかしながら、改正証券取引法施行後においては、同法施行前にされた損失保証や、利益保証の約束であっても違法・無効なものとなり、右損失保証の約束に基づく損失の補填の請求や、利益保証による利益の支払の請求をすることはできなくなったものと解するのが相当である。

控訴人は、改正証券取引法の効力を同法施行前の損失保証や、利益保証の約束について適用すべきでない旨主張するが、その主張を採用することができない。証券会社又はその従業員のする損失保証は、改正前でも違法な行為であったから、この約束による顧客の権利が当然に正当な権利と言えないからである。そうすると、改正法によって、憲法二九条三項に定める保証をすることなく損失保証、利益保証に基づく補填請求、利益支払請求を禁止したとしても、合理的な制限であると解すべきである。

3  そうすると、損失保証や、利益保証の約束に基づいてする控訴人の請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

三  不法行為の成否

1 木野は、損失保証を約束しての勧誘が禁止されているのに、損失保証が可能であるかのような虚偽の事実を述べて、控訴人に本件各銘柄の取引をさせ、その結果、控訴人に合計二九九三万一四二八円の損害を被らせたものであって、民法七〇九条による不法行為責任を免れることができないものと解すべきである(改正前の証券取引法五〇条でも、損失保証を約束しての勧誘は禁止されていたから、被控訴人の従業員が顧客に対して損失保証を約束する行為は、その職務権限の範囲に属するものとは認め難いが、木野は、その職務権限がないのに、その事実を秘し、損失保証を確実なものと述べて勧誘したものであって、木野の不法行為責任を否定することはできない。)。

なお、右損害額については、当事者間に争いがないところ、控訴人は、カ、セの各銘柄の取引において、差引一五万七五四一円の利益を受けているが、これを不法行為による損害額から控除すべき合理的根拠はないので、これは控除しない。

2  そして、一般に証券会社が行う証券取引の勧誘は、証券会社の事業の執行の範囲内に属するものであって、木野による損失保証の約束も証券取引の勧誘の一環としてなされたものであり、しかも、改正証券取引法施行前の本件取引当時、一般投資家である控訴人が、被控訴人が損失保証についてどのような取扱いをしているかを正確に認識することは困難であったことを考慮すると、木野の行為は、被控訴人の業務と密接に関連を有し、その外形から見て被控訴人の事業の範囲に属するものと見るのが相当である(木野の損失保証の約束が、同人の職務権限内において適法に行われたものでないことを控訴人が知っていたことを認めるに足りる証拠はないし、また、前記認定の経過によると、木野の損失保証の約束がその職務権限の範囲内において適法に行われたものでないことを知らなかったことにつき、控訴人に重大な過失があったとも認められない。)。

そうすると、被控訴人は、民法七一五条一項による不法行為責任を免れることはできないものと解すべきである。

3  ところで、被控訴人は、損失保証の約束の下で行われた証券取引により生じた損害について不法行為を理由とする賠償請求が民法七〇八条の類推適用により許されないものと主張する。

しかしながら、改正証券取引法の施行前にされた損失保証の約束の下に行われた証券取引により生じた損害について、これを証券会社の不法行為として捕らえ、その賠償の請求をすることは、二の場合とは問題を異にするものであり、民法七〇八条の類推適用により当然に拒否されるべきものではなく、損失保証の申出をして証券取引を勧誘した証券会社又はその従業員側と、右申出を信じて証券取引をした顧客の双方の不法性の程度を比較して、顧客側の不法性の程度がより強く、損害賠償請求を容認することが公序維持の観点から相当でないと認められる場合に初めて同条の類推適用によってこれを拒否することができ、そうでない場合には右請求を認容すべきものと解するのが相当である。

そして、本件においては、前記認定のとおり、被控訴人の従業員である木野が証券取引の開始を渋る控訴人に対して、損失保証の約束を積極的にして取引を勧誘するなど、被控訴人の従業員の不法性の程度が極めて高いのに対し、控訴人は、木野の損失保証の約束に引かれて取引を行ったにすぎず、控訴人側の不法性の程度は低いものと認められるから、民法七〇八条の類推適用によって本件不法行為に基づく請求が許されないものと言うことはできない。

4  しかし、前記認定のとおり、控訴人は、木野からワラント取引の勧誘を受けた際に、ワラント取引がハイリスクであることを理由に木野の勧誘を断っていたから、控訴人は、ワラントの取引が危険を伴うものであることを承知していたもので、木野の損失保証の約束を単純に信用して本件各銘柄取引を行ったものではないと推認される。このように、損失を被ることがあり得ることを知りながら取引を行った場合には、損失保証の約束があったとしても、損失全額の補填請求を認めることは当事者間の利益均衡を欠く。このような場合には、被害者も危険発生の一部につき、寄与したものと言うべきであり、損害額算定に当たっては、被害者の過失に類推する事情として、これを斟酌し、過失相殺をするのが相当である。

また、前記認定のとおり、控訴人は、ワラントには権利行使期限があり、その期限を経過すると無価値となることを認識していたところ、被控訴人の担当者であった木野及び斎藤の対応が十分でなかったことから権利行使期限を経過してしまい、無価値となったことが認められるが、権利行使期限を経過すれば無価値となることを認識している顧客としては、証券会社側の対応が適切ではなかったとしても、損害額の増加を防ぐために、適切な時期に売却等の措置を取るべき注意義務があったと言うべきである。したがって、この点も、損害額算定に当たっては、控訴人の過失を斟酌するのが相当である。

右の事情のほか、本件に現れた控訴人側及び被控訴人側双方の一切の事情を考慮すると、控訴人の損害賠償額を算定するに当たっては、損害の約四割を過失相殺し、控訴人が被った損害のうち、一八〇〇万円に限って認容するのが相当である。

5  右認容額を考慮すると、本件損害賠償を求めるために控訴人が出捐した弁護士費用のうち、一八〇万円に限って本件不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

6  そうすると、控訴人は、被控訴人に対して、一九八〇万円及びうち一八〇〇万円について不法行為の成立後である平成六年六月七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することが認められる。

第四  結論

よって、控訴人の被控訴人に対する請求は、金一九八〇万円及び内金一八〇〇万円に対する平成六年六月七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、原判決を変更して、控訴人の請求を右限度で認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 田中康久 裁判官 森脇勝)

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